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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)300号 判決

東京都練馬区上石神井4丁目4番21号

原告

株式会社ゴーカンパニー

代表者代表取締役

佐藤進

訴訟代理人弁理士

浜田治雄

中島洋治

アメリカ合衆国

マサチューセッツ州 01749 ハドソン・ケイン インダストリアル ドライブ 15

被告

ベネット アトランティック インコーポレイテッド

代表者

ハーベイ グロス

訴訟代理人弁護士

原秋彦

原若葉

宇佐神順

同弁理士

原島典孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

「特許庁が平成6年審判第17444号事件について平成9年9月26日にした審決を取り消す。」との判決

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

被告は、登録第2036225号商標(昭和55年6月24日商標登録出願、同63年4月26日設定登録。本件商標)の商標権者である。本件商標は「PENFIELD」の欧文字を横書きして成り、第24類「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機(電気蓄音機を除く)レコード、これらの部品及び附属品」を指定商品とする。

原告は、平成6年10月12日、被告を被請求人として、「本件商標の指定商品中『運動具』についてその登録を取り消す。」との審決を求める審判請求をし、平成6年審判第17444号事件として審理されたが、平成9年9月26日、「本件審判請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年10月29日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

2-1 審判における原告の主張立証

原告(請求人)は概要次のように述べ、証拠方法として審判甲第1号証ないし第6号証及び参考資料を提出した。

(1)  原告は、「運動用特殊衣服等」について商標「PENFIELD」を付して販売することを企図しており、かかる目的のために、「PENFIELD」の文字を一連に書して成る商標を第25類「被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴」を指定商品として、平成6年8月4日付けで登録出願をした(審判甲第3号証)。

しかしながら、この商標登録出願は、本件商標の存在を理由に拒絶されるおそれがある。

よって、原告は、本件商標を取り消すにつき重大な利害関係を有する。

本件商標は、原告の調査の結果、審判請求前3年間指定商品「運動具」について使用されていた事実が発見できなかった。また、不使用について正当な理由があったとも認め難い。

よって、本件商標は、指定商品中「運動具」については商標法50条1項の規定により登録を取り消されるべきである。

(2)  本件商標は、「PENFIELD」のゴシック体の欧文字を一連に書して成るところ、被告(被請求人)が本件商標の使用証明として提出した乙第1ないし第5号証(審判時の乙号証は、同一の号証番号で本訴の乙号証としても提出されている。)をみると、審判甲第1号証に示された本件商標と同一の商標を見いだすことができない。むしろ、乙第1、第2及び第5号証に示されているのは、中空部に熊の頭が描がれた「P」を含む「Penfield」である。

商標法50条2項には、審判請求の登録前3年以内に日本国内において商標権者等がその請求に係る指定商品のいずれかについて登録商標の使用をしていることが、審判による商標登録の取消しを免れるための条件として規定されている。ここにいう「登録商標の使用」とは、登録商標と社会通念上同一である商標の使用をするに当たり、外観構成が多少変更された場合であっても、同一の商標とみるということである。その例が、商標審査基準(特許庁商標課編社団法人発明協会1995年7月20日発行)の73ないし78頁に示されている。

そこで、本件商標と被告の使用に係る商標(使用商標)とを比較すると、それらの外観構成から「ペンフイールド」の称呼を生ずると認められるため、称呼については同一である。

しかしながら、外観構成を比較すると、本件商標が大文字のゴシック体の欧文字のみで構成されているのに対し、使用商標は、中空部に熊の頭が描かれた「P」を含む「Penfield」であって、本件商標の外観構成とは大きく異なり、両者の印象も全く異なる。この外観構成の差異にかんがみれば、本件商標と使用商標とは、前記審査基準を参照しても、社会通念上同一とはいえず、したがって、被告が提出した証拠は、「登録商標の使用」を立証するものではなく、指定商品について登録商標に類似する商標の使用、すなわち、いわゆる禁止権の範囲での使用を立証するものであるため、本件商標の使用証明とはなり得ない、

なお、東京高裁昭和57年9月30日判決(東京高裁昭和55年(行ケ)第337号)は、登録商標の使用とは、商標権者が指定商品について登録商標の使用をする権利を専有する範囲、すなわち、いわゆる専用権を有する範囲における登録商標の使用をいうものであって、商標権者が禁止権を有するにとどまる範囲、すなわち、指定商品についての登録商標に類似する商標の使用を含まないものと解するべきであると判示している。

登録商標の使用とは、商標法2条3項に規定される行為をいうのであって、乙第5号証によって示されている事項は、原告の理解によれば、単に使用商標の称呼が「ペンフイールド」であること、及び中空部に熊の頭が描かれた「P」を含む「Penfield」をタイプすることが不可能なので「PENFIELD」を用いているということを示しているにすぎない。

すなわち、被告は、本件商標と使用商標とが同一の商標でないことを自覚しているのであり、この点を取り繕うべく、乙第5号証を提出したにすぎない。事実、原告の調査の結果、被告の商品に本件商標と同一の商標が付されているものは発見されず、すべて中空部に熊の頭が描かれた「P」を含む「Penfield」であった(審判甲第4号証)。

したがって、乙第1ないし第5号証に示された使用商標は、本件商標と同一でないため、被告が立証する商標の使用は登録商標の使用とはいえない。

乙第6ないし第8号証を検討すると、使用商標は、あくまで中空部に熊の頭の描かれた「P」を含む商標「Penfield」であり、本件商標と同一の商標でない。

したがって、被告が主張する商標の使用は、登録商標の使用とはならず、被告は、本件商標を運動用特殊衣服に使用しているとはいえない。

乙第9及び第10号証を検討しても、使用商標は、あくまで、中空部に熊の頭の描かれた「P」を含む「Penfield」であり、本件商標と同一の商標ではない。

被告は、乙第10号証につき、「輸出用送り状(インボイス)には『Penfield』と明記されている。」と主張しているが、輸出用送り状は、被告の商品が日本に向けて輸出された事実を示しているにすぎない。

すなわち、乙第9号証の商品カタログのみでは日本国内で商品が販売された事実を立証することができないため、乙第10号証を提出して日本国内に商品が持ち込まれた事実を示しているのである。

これに加えて、商標法50条2項には、商標権者等が、審判請求に係る指定商品について登録商標の使用をしていることを証明しなければ、商標登録の取消しを免れない旨が規定されている。これを言い換えれば、商標登録の取消しを免れるには商標権者等が登録商標を指定商品について使用していることを証明しなければならない。被告は、乙第10号証の輸出用送り状に基づいて本件商標が使用されていると主張するが、この輸出用送り状に示された貿易会社と被告との関係は不明であり、乙第10号証は、商標権者等による本件商標の使用を証明するものではない。

よって、乙第9及び第10号証は、本件商標の使用証明とはいえず、被告は本件商標を運動用特殊衣服に使用しているということはできない。

被告は、乙第11ないし第21号証を提出し、使用商標(中空部に熊の頭が描かれた「P」を含む商標「Penfield」)の周知著名性等を主張しているが、本件審判において判断されるべき事項は、本件審判の請求に係る登録商標が使用されているか否かであるので、被告の立証趣旨は不明である。

なお、この主張の中で、被告は、乙第17ないし第19号証に基づき、「現実に使用されていたことなど疑う余地の全くないほど明白な事実である。加えて、商品に付されている商標が上述のように『P』を若干図案化したものであっても、取引の実際においては「PENFIELD」「ペンフイールド」印として用いられることもまた十分に明らかなところである。」と主張しているが、該各号証は雑誌等の記事であって、これでは商標権者等による登録商標の使用証明とはなり得ない。

よって、このような証拠により本件商標を請求に係る指定商品について使用していると主張する被告の主張は失当である。

以上のとおり、被告の主張には全く理由がなく、継続して3年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが指定商品について登録商標を使用しているとはいえないから、本件商標は指定商品「運動具」について登録を取り消されるべきである。

(3)  被告は、第二答弁書において、自他商品識別機能に変更を与えない限りでの変更は、商標の同一性を損なうものではないと主張しているが、特許庁審査基準には、登録商標の外観の態様の著しい変更使用は登録商標の使用とは認めておらず、すなわち、登録商標の一部の使用、登録商標に他の文字を付加した使用等は、当該商標と外観、称呼及び観念において異なり、自他商品の識別標識として当該登録商標と同一の機能を果たすとはいえず、また社会通念上も同一とは認められていないので、被告の主張は失当である。

また、被告は、使用商標の第1文字「P」の中空部に熊の頭を結合した英文字「Penfield」が、本件商標と社会通念上同一である旨を主張していながら、被告は平成5年1月29日及び同年2月10日に被告が実際に使用している商標を出願している(審判甲第5号証及び第6号証)。

仮に、被告の主張するとおり第1文字「P」の中空部に熊の頭を結合した英文字「Penfield」が、本件商標と社会通念上同一であるとするならば、審判甲第5号証及び第6号証に示されるような別個独立した商標登録出願をすることは全く不必要であり、結局本件商標と審判甲第5号証及び第6号証に示される商標とは社会通念上同一でないことを被告自身も十分認識した上で、当該商標について別途登録を受けようと企んでいることは明らかである。そうでないとすれば、被告は同一の商標について二重の登録を受けることを企図していることになる。

さらに、被告の提出した乙第1号証の2頁右上部、乙第6号証の2頁左上部及び乙第9号証の2頁左上部に記載されている〈省略〉のマークは、それ自体が独立した商標ないしは標章として使用されており、単なる〈省略〉の大文字的存在ではない。〈省略〉の図形自体と大文字Pが実質上同一であるとする被告の主張は、事実の基礎的認識において既に重大なる誤謬を犯している。

一方、審判甲第5及び第6号証に示される商標登録出願が仮に商標登録された場合、熊図形と英文字「Penfield」の結合は、いずれを主要部とし、いずれを補助(付記的)部分とするかの判断を不能ならしめるほど不可分一体に構成されており、審判甲第5及び第6号証に示される商標よりすべて図形を抽出したものを使用したとしても、その使用はもはや本件商標の使用であるとはいえない。

すなわち、審判甲第5及び第6号証に示される商標登録出願により、本件商標の社会通念上の同一性の範囲は著しく限定されており、よって被告の主張は失当であるといえる。

2-2 審判における被告の主張立証

被告(被請求人)は概要次のように述べ、証拠方法として乙第1ないし第25号証(枝番を含む)を提出した。

(1)  被告は、本件商標を「運動用特殊衣服」に使用してきているから、原告の主張は理由がない。本件商標「PFNFIELD」は、被告がアメリカ合衆国において1975年以来継続して被服及び運動用特殊衣服に使用してきており、当該商標を付した商品は遅くとも1978年以来今日まで日本国で販売されてきている。そして、被告は、その製造販売に係る多数の商品について本件商標を使用しており、当該商標は、被告のハウスマークともいうべきものであって、極めて重要な価値を有している。

まず、被告は、本件商標を付した商品「ヤッケ」を日本向けに輸出している(乙第1及び第2号証)。なお、乙第2号証に表示された「CAPE HEIGHTS, Inc.」なる会社は、被告が販売及び輸出業務を取り扱わせるために設立した子会社である。この商品(個別商標「TRAPPER」、製品番号10381)は、登山で防寒用に着用されるものであって、事実、米国の登山隊が1993年に世界最高峰のエベレストに登ったときに隊員が着用している(乙第3号証)ことからみても、本件取消しに係る指定商品中の「運動用特殊衣服」(ヤッケ)に該当すうことは明らかである。同号証では「Early Winters Overfire Jackets」と記されているけれども、これは被告がOEM(相手先ブランド)で米国の通信販売業者である「Early Winters」に提供しているからであって、商品そのものは被告の上記「TRAPPER」と完全に同一である(乙第4号証 通販業者の証明書)。

そして、日本国では遅くとも平成5年末ころから、輸入業者を介してスポーツ用品店で「登山用ヤッケ」として販売されており、本件商標が使用されている(乙第5号証)。ここで、当該「ヤッケ」に使用されている「PENFIELD」商標(被告のハウスマーク)は、「P」が中空部に熊の頭を描いた形になっているけれども、乙第5号証に示されているように「PENFIELD」及び「ペンフィールド」印として取引に用いられている。したがって、本件商標「PENFIELD」と同一の商標を、被告が運動用特殊衣服に属する「ヤッケ」に使用していることは疑問の余地がない。

また、乙第6号証は、被告の商品「アノラック」が記載されたカタログであるが、この商品(個別商標「PAC JAC」、製品番号70150)も同様に日本国へ輸出されている(乙第7号証)。頭部全体を覆うフードなど、登山で着用するための各種機能を備えており、運動用特殊衣服の一種である「アノラック」に該当することは間違いない。

日本でも、複数の輸入業者を通じてスポーツ用品店で「登山用アノラック」として販売されていて、当該商品には本件商標が付されている(乙第8号証)。販売開始は遅くとも平成5年末ころであり、乙第7号証に記載された輸入業者のルートでは同年3月ころから販売されているものと考えられるが、いずれにしても本件審判請求の登録前であることは明らかである。

さらに、本件商標が付された被告の他の商品も多数が日本で輸入・販売されている。その一例は乙第9号証に示された登山用のパーカ(個別商標「STORMAWAY」、製品番号11493)であり、平成5年2月ころに米国の貿易会社(N. ASANO&CO. INC.)を経由して丸紅株式会社が日本へ輸入している(乙第10号証、輸出用送り状(インボイス)には「Penfield」と明記されている)。

このように、本件商標と同一の商標を付した被告の商品「ヤッケ」、「アノラック」及び「パーカ」が、本件審判請求の登録日前の3年以内に、日本国内に輸入され販売されたことが明らかである以上、原告の主張は失当である。

本件商標はまた、被告が創作して1975年以来米国で使用してきているものである。被告の商品はもともと登山やカヌー、スキーなどの運動を行う際に着用することを目的として開発され販売されてきたが、その一部はカジュアルウェアないしタウンウェアとして消費者に愛用されるに至っている。日本国へは1978年以降、直接又は米国の貿易会社を経由して輸出している。被告は、当初「Penfield Sportswear, Inc.」(ペンフィールドスポーツウェア インク)と称していたが、1990年に「Bennett Atlantic, Inc.」(ベネット アトランティック インク)を設立し、業務を引き継ぐとともに販売部門を担当する「Cape Heights Inc.」(ケイプハイツインク)を併せて設立し現在に至っている。そして米国では1977年に商標登録を受けている(乙第11号証)。

当初は日本との取引が少なかったこともあって、被告は日本国での商標登録出願を行わずにいたところ、「カキウチ株式会社」(当時は垣内商事株式会社)が(1980年6月に第17類(乙第12号証)及び第24類の商品に関して商標登録出願をし、そのうちの後者が本件商標となった。実は、このカキウチ株式会社は米国法人を通じ、商標登録出願に先立つ1980年春ころに被告の前身であるPenfield Sportswear, Inc.に接触し、日本への商品輸出について打診を行った。被告はサンプルを提供するなど積極的に対応したけれども、結局継続的な取引関係を構築するまでには至らなかった(乙第13号証)。こうした経緯からみてカキウチ株式会社は、被告の商標を保護する目的で日本出願を行ったものと考えられる。ただし、被告は出願に対し同意したこともなければ、話題にした記憶も全くない。

被告は、1981年に日本での出願を行うべく調査したところ上記カキウチ株式会社の出願を発見したが、同社の善意を信じて敢えて問題にしなかった。そして、第17類の登録(第1633655号)が存続期間の満了に近づく時期になって再度調査を行った結果、当該登録商標が原告に譲渡されている(乙第12号証)事実に気付き、驚くとともにカキウチ株式会社に対して事情釈明を求めた(乙第14号証(本訴甲第4号証)、乙第4号証)。同社からの回答は乙第15号証に示されているとおりであり、出願時の事情は不明であるが、原告から譲渡の申入れがあり、同社としては使用しておらずその予定もなかったために60万円で譲渡したとのことである。そこで被告は、同一条件での本件商標の譲渡を求め、カキウチ株式会社が同意して本件商標が移転されることとなった(乙第16号証)。

なお、第17類の登録第1633655号商標に関しては、登録名義人である原告に対して合理的な条件での譲渡を申し入れたものの、専用使用権の設定を求められるなど、到底受け入れることのできない要求を突きつけられたため、交渉による解決を断念した。被告は商標法50条の取消審判を提起しており係争中である(乙第12号証)が、必ずや取り消されるものと確信している。

本件商標を付した被告の商品(被服及び運動用特殊衣服)は、その優れた品質とリーズナブルな価格などのために米国では長年にわたって好評を博しており、日本国でも1990年以降人気が急上昇している。乙第17号証(本訴甲第2号証)は、1993年2月に米国国務省・米国大使館が主催した「U.S.アパレル展’93」のパンフレットであり、2頁に出展商品の一つとして本件商標が記載されている。また、乙第18号証は、ファッション関係の雑誌として長い歴史を誇る「MEN’S CLUB」1993年11月号に掲載されたいわゆるアウトドア商品のブランドを列挙した記事であるが、被告の本件商標も人気ブランドとして紹介されている。さらに、乙第19号証の1、2は、1994年2月に発行された「日本繊維新聞」及び「繊研新聞」の写しであり、同年の「U.S.アパレル展」の模様を紹介した記事が掲載されていて、本件商標を付した被告の商品が取り上げられており、人気のほどがうかがえる。特に、同号証の1(本訴甲第3号証)では「そして昨年から大ヒットしているのが『ペンフイールド』。…日本には直接輸出のみで商品を販売。90年から販売を開始し、93年に大きくジャンプアップした。」と記載され、下部に本件商標「PENFIELD」が明示されている。

以上のことからして、本件商標が被告の製造販売に係る商品を表示するものとして、本件審判請求前に日本国の取引者、需要者の間で広く知られるに至っていたことは明らかであり、ましてや現実に使用されていたことなど疑う余地が全くないほど明白な事実である。加えて、商品に付されている商標が上述のように「P」を若干図案化したものであっても、取引の実際においては「PENFIELD」「ペンフイールド」印として用いられていることもまた十分に明らかなところである。

被告は、原告が上記第17類の登録名義人となるまで、原告に関して何らの情報も持っておらず、当然ながら現在に至るまで取引関係も一切ない。初めて名前を聞いたときに日本の取引先に照会したところ、他社のコピー商品などを取り扱う会社との噂がある旨の回答を得て懸念していたが、その危惧は1993年秋に原告が乙第20号証に示す商品等を販売するに及んで、現実のものとなってしまった。なお、上述した第17類の登録商標に対する取消審判で、原告は「PENFIELD」を当該審判請求の登録日(平成5年3月16日)前に使用したと主張しているけれども、被告の知る限り、同年秋までは使用していないはずである。乙第20号証の商品は、「P」の文字を図案化するなどして被告の商標に似せようとしている工夫が見られるばかりでなく、被告の所在する米国のマサチューセッツ州を直観させる「MASSACHUSETTS U.S.A.」の文字を「PFNFIELD」商標の直下に表示するなど、故意に被告商品との混同を狙っていることが明白である。上記乙第19号証の1(本訴甲第3号証)には、「『ペンフイールド』は昨年急激に売れたため、問題も多い。例えばコピー商品が多発しそいることがその一つ。昨年できた東京近郊のとあるアウトレットモールの中の某店では、コピー商品が膨大なボリュームで並ぶ。」との記載がある。

さらに原告は、被告が使用している「P」のロゴマークのデッドコピーと「PENFIELD」の文字を組み合わせて成る商標を、平成5年1月28日に商標登録出願している(乙第21号証)。この出願商標は、被告が1980年代の一時期に実際に使用していた形そのものであり、原告は被告のカタログ等を見て商標見本を作成したのであろう。ちなみに、被告は一日遅れで「Penfield」のロゴマークを出願している。

要するに、原告は被告の周知商標「PENFIELD」が第三者の名義になっていたことを奇貨とし、被告が多年にわたる努力で築き上げてきた信用を横取りしようとの意図の下に、本件審判請求に及んだものといわざるを得ない。このような行動が商標法の精神に反することは論ずるまでもないところであって、本件審判請求が容認されるようなことは決してあってはならない。

上述のとおり、本件商標は、被告が遅くとも平成5年11月ころから日本において、運動用特殊衣服に属する「ヤッケ、アノラック」その他の商品に使用しているから、商標法50条により取り消されるべきではない。

(2)  商標法50条の規定による登録の取消しを免れるためには、登録商標を使用していることが必要であって、登録商標と類似する商標を使用しているのでは足りないということは、原告の指摘を待つまでもなく、当該規定の趣旨からして当然のことである。問題は、「登録商標の使用」とは何かということであって、この点に関し原告は極めて抽象的な議論を展開しているにとどまる。

原告も認めているように、商標法50条にいう登録商標の使用とは、登録商標と物理的に同一の商標はもちろん、これと社会通念上同一と認識される商標の使用も含まれることは、特許庁の審査基準に明示されかつ判決例でも首肯されているところである。原告は、使用商標の第1文字「P」の中空部に熊の頭を描いた「Penfield」が、登録商標と社会通念上の同一性を欠くと主張するが、明らかに誤りである。けだし、商標の本質的な機能が出所表示にある以上、その同一性を判断するに当たっても自他商品識別標識機能こそが考慮されるべきであり、これに影響を与えない範囲での変更は、商標の同一性を損なうものではないからである。

使用商標の第1文字は、中空部に熊の頭を模した図形が描かれているけれども、一見して欧文字「P」を表したものと直観されるから、当該商標が「Penfield」として認識されることに疑問の余地など全くない。事実、取引の現場では「PENFIELD」「ペンフイールド」印として通用している(乙第5号証)。なお、原告がこの証拠を提出した理由は、乙第1号証等に示した商標が実際の取引でどのように認識されているかを立証するためにほかならず、商標法2条3項の使用の定義とは直接関係がない。原告は、第1文字が「P」であり、したがって被告の使用商標が「ペンフイールド」の称呼を生ずる「Penfield」であることを認めながら、外観の相違を根拠に登録商標「PENFIELD」との同一性を否定しているけれども、意匠であればともかく、文字商標の同一性判断にとって外観は決して大きな意味を持たないというべきである。

ちなみに、「WILCO」の文字をゴシック体で書して成る使用商標は、「W」の文字を他の文字より少し大きく表示して横書きし、「W」の右下端から右方へ他の文字の下方にやや湾曲した線を引き、その線の右端を上方へ立ち上がらせ、かつ、右方向に小さく半円状の弧を描いて成る登録商標「WILCO」と社会通念上同一であるとした判決(東京高裁昭和63年(行ケ)第239号、乙第22号証)を指摘しておく。この例では、登録商標は第5文字「O」の後ろに「r」、「s」及び「p」などが表されているとみることもでき、本件の場合と比べ両者の乖離はより大きいが、外観において著しく相違するものでなく、その称呼も共通であるとして同一性が肯定されている。

したがって、被告が登録商標と社会通念上同一の商標を使用していることは明らかであって、原告の主張は失当というほかない。

さらに、被告は、上述した「P」にデザインを加えた商標と併せて、通常のゴシック体で表示した「PENFIELD」を商品のタックに使用している(乙第23号証)し、1992年の巻物カタログまでは、熊の頭を描いた「P」の下にこれと分離した形で「PENFIELD」を表示していた(乙第24号証)。また、1994年2月に開催された「第13回U.S.アパレル展」のパンフレットにも、通常のゴシック体で「PENFIELD」と表示した広告を掲載した(乙第25号証)。被告は、既提出の審判号証によって、本件商標の使用を十分に立証したものと確信しているが、これらもまた、本件商標の使用であることは、一目瞭然である。

2-3 審決の判断

そこで判断するに、被告の提出に係る乙第17号証(U.S.アパレル展’93パンフレットの写し。本訴甲第2号証)によれば、ケープ・ハイツ社が、東京都豊島区池袋に所在するサンシャインシティ ワールドインポートマート7Fにおいて、本件審判請求の登録(平成6年11月15日)前3年以内の1993年(平成5年)2月8日から同年2月10日に開催されたU.S.アパレル展’93(主催米国商務省・米国大使館等、後援通商産業省・日本貿易振興会等)に本件商標と同一の文字より成る商標をその指定商品中の「運動用特殊衣服」に属する商品である「マウンテンパーカー」等を出展している事実が認められ、さらに、被告の提出に係る乙第19号証の1(平成6年2月9日発行日本繊維新聞の写し。本訴甲第3号証)によれば、U.S.アパレル展は、翌年の2月にも開催され、ケープ・ハイツ社は前年同様に出展していることが認められる。

次に、ケープ・ハイツ社は、被告の提出に係る乙第14号証(本訴甲第4号証)及び被告の主張を勘案すれば、被告から通常使用権を許諾されている者と認められる。

してみれば、本件商標は、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において、通常使用権者によって本件商標と社会通念上同一と認められる商標を、本件取消請求に係る商品について使用していたものといわなければならない。

したがって、本件商標の指定商品中請求に係る商品についての登録は、商標法50条の規定により取り消すことができない。

よって、結論のとおり審決する。

第3  当事者の主張

1  原告主張の審決取消事由

(1)  審決が摘示した原告の主張は認める。しかしながら、本件商標は、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において、通常使用権者によって本件商標と社会通念上同一と認められる商標を、本件取消請求に係る商品について使用していたものとした審決の認定、判断は誤りであり、審決は取り消されるべきである。

(2)  審決は、ケープ・ハイツ社が被告から通常使用権を許諾されていると認定したが、誤りである。甲第3号証(平成6年2月9日発行日本繊維新聞の写し。乙第19号証の1)の記事は、ケープ・ハイツ社が出展の予定をしているという報道にすぎない。博覧会や展示会の主催者の出展証明書や出展の事実を示す写真等は提出されていない。しかも、同記事からは、ケープ・ハイツ社こそが商標権の主体と理解される。また、その記事には、ケープ・ハイツ社が日本に直接輸出を開始したのは1990年であり、1993年に業績が大きく拡大した趣旨の記載がある。ところが、被告が本件商標の登録名義人となったのは、1993年(平成5年)8月23日なので、ケープ・ハイツ社が通常使用権者ならその許諾者は被告ではなく、当初商標登録を得ていたカキウチ株式会社でなければならない。

(3)  被告提出の書証で使用の立証が試みられているのは、いわゆるカジュアル商品であり、本件取消請求がされている指定商品に係る運動具ではない。平成4年4月1日から商標法が採用した商品国際分類によっても、衣服類は運動用特殊衣服も含めて第25類に分類され、他方、運動具は第28類に分類されている。

(4)  乙第37号証(被告とケープ・ハイツ社(CAPEHEIGHTS,INC.)との間の商標ライセンス契約(Tradmark License Agreement))によると、確かに被告が有する米国登録商標第1,066,799号の使用許諾を通常使用権(non-exclusive right and license)の条件で与える内容となっているが、契約締結日は1993年1月1日となっており、ケープ・ハイツ社が1990年以後使用許諾を受けたとする被告の主張と矛盾する。乙第37号証は、本訴のために作為的に作成された疑いが大きい。

(5)  文字Pの頭部円内に極めて特徴のある熊の標示を持った「Penfield」商標と英文字「PENFIELD」から成る本件商標とが社会通念上同一と認められるとした審決の認定も、図形部分と文字部分との結合商標について図形の持つ情報伝達力を正当に評価することなく、単に文字部分の称呼の類否判断しかしなかったもので、不当である。

2  取消事由に対する被告の反論

(1)  審決の認定判断は正当であり、審決取消事由は理由がない。

(2)  被告は、次のとおり、運動具について本件商標を使用している。

米国のペンフィールド・スポーツウェア・インクは、1975年(昭和50年)の設立以来、「PENFIELD」の商標を付した製品の製造、輸出、販売を含む事業を行ってきた。

被告は、1990年(平成2年)の設立後直ちにペンフィールド・スポーツウェア・インクからその業務を全面的に引き継ぎ、「PENFIELD」の商標に関する権利を譲り受けた。日本においては、カキウチ株式会社が有していた本件商標権を譲り受け、平成5年8月23日に移転の登録を得た。

1990年以降今日まで、被告又は被告から本件商標に関し通常使用権の許諾を受けたケープ・ハイツ社(ケープ・ハイツ・インク)が、本件商標を付した運動具の商品を、米国に本拠を有する約30の販売店及び代理店を通じ、日本の小売店に対して輸出、販売している。ケープ・ハイツ社は自らも日本の商社に対し商品の輸出、販売をしている。

(3)  被告は、通常の活字体で表示された「PENFIELD」の商標も使用しているし、熊の頭の描かれた「P」を含む「Penfield」の商標も、本件商標と社会通念上同一の範囲内にあると解すべきである。

第4  当裁判所の判断

1  本件商標が、指定商品につき本件審判請求の登録(平成6年11月15日)前3年以内に日本国内において使用されていたか否かについてみるに、証拠によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  被告及びケープ・ハイツ社は、1993年(平成5年)当時、別紙のとおりの文字Pの頭部円内に熊の頭の図柄が描かれた「P」を含む「Penfield」の商標を付した登山、カヌー、スキー等の屋外スポーツ用のヤッケを、「10381 Trapper」、「70150 PacJac」とする商品番号及び商品名として製造販売していた(乙第1、第3、第4、第6号証)が、ケープ・ハイツ社は、同年11月に、上記製品番号、製品名のヤッケを、静岡県富士市吉原の「YUAIINTERNATIONAL」(有限会社ユーアイインターナショナル)にあてて発送した(乙第2、第5、第7、第8号証)。上記ヤッケは、登山家がエベレスト登山に使用したものと同一の防寒仕様のものである(乙第3、第4号証)。

(2)  被告及びケープ・ハイツ社は、1993年(平成5年)当時、前記同様別紙のとおりの「Penfield」の商標を付したパーカ(フード付きで通気性のある防水登山着)を、「11493 Stormaway」とする商品番号及び商品名として製造販売していた(乙第9号証)が、ケープ・ハイツ社は、同年2月、上記商品番号、商品名のパーカを、東京都千代田区大手町の「Marubeni Corporation」(丸紅株式会社)にあて発送した(乙第10号証)。

(3)  平成5年2月8日から10日までの間に東京池袋で開催された「U.S.アパレル展'93」のパンフレットには、ケープ・ハイツ社の紹介として、「大自然とアウトドア・レクリエーションで有名なマサチューセッツを拠点に、"PENFIELD"ブランドのアウトドアウェアを展開……」と記載され、同社の出展商品として「PENFIELDダウンパーカー、マウンテンパーカーなどラキッドなアウトドアウェア、コレクション」と記載された(乙第17号証)。

(4)  日本の男性向けファッション雑誌「MEN'S CLUB」平成5年11月号に「PENFIELD」ブランドの紹介として、「アウトドアウェア全般をラインアップしているペンフイールドだが、マウンテンパーカ……などが人気の中心」と記載された(乙第18号証)。

(5)U.S.アパレル展は、翌平成6年(1994年)2月にも開催され、ケープ・ハイツ社も、「PENFIELDダウンフィルパーカー、マウンテンパーカー」商品を出展したが(乙第25号証)、同社は、ペンフィールド・ブランドのアウトドア商品、パイル地のジャケットを直接輸出のみで日本に販売していることが、同年2月3日の繊研新聞及び同月9日の日本繊維新聞で報じられた(乙第19号証の1、2)。

2  ところで、本件商標の欧文字のみの標章が、日本国内において被告あるいはケープ・ハイツ社により使用された事実を認めるべき的確な証拠はない。すなわち、乙第23号証は、本件商標の欧文字のみが商標として記載されている商品のタックであるが、日本国内においていかなる商品に付されていたかは不明であり、また、乙第24号証は、本件商標の欧文字が、熊の頭の図柄とは別に記載されているケープ・ハイツ社の商品カタログであるが、これが日本で頒布されるなどしたことを認めるべき的確な証拠はない。

一方、上記認定の各製品に付された商標は、別紙のとおり、熊の頭の図柄が描かれた「P」の文字を含む「Penfield」なるものであるが、冒頭の大文字「P」の文字の識別性は失われておらず、本件商標と称呼を同一にするものであることは明らかであり、また、上記のとおり、日本国内で使用ないし頒布されたか否か明確ではないが、被告又はケープ・ハイツ社は、商品のタックや商品カタログに欧文字のみの「PENFIELD」を使用している場合があるほか、日本国内における展示会のパンフレットやケープ・ハイツ社の販売商品についての新聞、雑誌の紹介記事には、「PENFIELD」ブランド又は「ペンフィールド」ブランドとして記載され、紹介されていることなどに照らすと、取引社会の通念上、一部図形の入った上記商標「Penfield」の使用も、本件商標「PENFIELD」の使用の範囲内に属するというべきである。

3  被告とケープ・ハイツ社との関係については、証拠上、次のように認められる。

(1)  被告代表者ハーベイ・グロスは、アメリカ合衆国において、1975年(昭和50年)にペンフイールド・スポーツ・インクを設立し、熊の頭の描かれた「P」を含む「Penfield」商標を付した屋外スポーツ用衣服を製造販売していたが、この商標(米国登録商標第1,066,799号。1976年3月8日出願、1977年5月31日登録)を付した製品は、1978年(昭和53年)ころ以降日本にも輸出されていた。

被告は、1990年(平成2年)2月12日ハーベイ・グロスによって設立され、従前のペンフィールド・スポーツウェア・インクの業務を全面的に引き継ぐとともに、上記「Penfield」商標の権利を譲り受けた(同年7月24日移転登録)。

ケープ・ハイツ社は、同年5月7日、やはりハーベイ・グロスにより、被告製品の販売担当子会社として設立され、以来「Penfield」商標を付した被告の製品であるヤッケ、アノラック等も販売してきた。

(以上、乙第11、第28、第34ないし第36号証、第38号証の1ないし3、第39号証及び弁論の全趣旨)

(2)  本件商標の商標権者は、当初カキウチ株式会社であったが、被告は、日本国内において第24類の指定商品につき「PENFIELD」なる本件商標が登録されていることを知り、平成5年3月から同社と交渉した結果、同年4月26日本件商標権の譲渡を受け、同年8月23日移転登録を受けた(乙第16、第26、第27号証)。

(3)  被告とケープ・ハイツ社は1993年(平成5年)1月1日、被告がケープ・ハイツ社に対し、世界中におけるアウトウェア製品の販売に関連して「Penfield」の商標を使用する非独占的ライセンスを付与する合意(商標ライセンス契約)を締結した(乙第37号証)。

以上のとおり認められる。なお、原告は、乙第37号証が本訴のために作為的に作成されたと主張する。しかしながら、前記認定のとおり、ケープ・ハイツ社は被告製品の販売担当子会社として被告代表者により設立され、「Penfield」商標を付した被告製品の発売元にもケープ・ハイツ社とされてきたことや、現に、乙第1及び第9号証の1993年の製品紹介パンフレットが、被告とケープ・ハイツ社の共同作成のものとされていることなどからすると、乙第37号証が原告主張のようなものと認めることは到底できない。

4  上記3の事実によれば、被告が本件商標につきわが国の商標権を取得した際には、ケープ・ハイツ社に本件商標権につき通常使用権の設定をする合意がされたものということができる。そして、被告は、平成5年4月26日、本件商標権の譲渡を受けたので、その時点で、ケープ・ハイツ社は、上記商標ライセンス契約に基づき、本件商標権の通常使用権者の地位を得たものというべきである。

5  以上の認定事実を総合すれば、被告は、遅くとも証拠上明確な平成5年2月以来、登山用にも使用されることのある運動具(運動用特殊衣服)であるヤッケ、アノラック、パーカ等の商品に本件商標を付して、これらの商品を、通常使用権者ケープ・ハイツ社を通じ、日本に輸入し、展示、販売したものと認めることができる。

したがって、本件商標と社会通念上同一と認められる商標が、本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において、本件取消請求に係る商品について使用されていたものということができ、これと同旨の審決の認定判断に誤りはない。

第5  結論

してみれば、本件審判請求は成り立たないとした審決の判断に誤りはなく、原告の本訴請求は棄却されるべきである。

(平成10年12月10日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

〈省略〉

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